南方録を読む
<34> 奥書
右覚書、心得相違も候ハゝ 被仰聞度候(おおせきかせられたく)、御物語承候度々ニ書付置候へとも、愚僧の得心不成就候之故、雲泥之事候半歟(そうらわんか)、殊ニ書様疎略(かきようそりゃく)ニ候、書改候も亦不本意存候故、此まゝ進之候、かしく、
十一月五日 南坊 宗 易 師 公 几 右
右数ゞ之雑談、御書留ニ成候(なられそうろうて)而後悔之事歟(か)、併(しかし)相違之所存無之(これなく)候、同敷(おなじく)ハ反古張(ほごばり)ニ成候(なしそうら)へかし、かしく、
宗易 南坊 安下
本録校合無相違者也、 実山
◇ 熊倉博士の語訳
右の覚書のなかで私の考え違いがありましたらおっしゃって下さい。お話をうかがったその時々に書付けておきましたが、私の理解が十分ではありませんから、とんでもない間違いもあろうかと思います。
ことに書き方が疎略でした。
しかし、今書きあらためるのも不本意ですのでこのままお目にかけます。
十一月五日 南坊 宗 易 師 公 机 右
右の数々の雑談をお書きとめになったのをみて後悔すべきことかとも思っています。
しかし間違っているところはありません。
どうせなら何かの下張りにでもなさって捨てられるのがよろしいかと思います。 宗易
南坊 案下
原本と本文と校合したところ、異なるところはない。 実山
【語釈】
几 右 : 机右と同じ。机下、案下というような言葉と同じく宛名の脇にそえて敬意を示すいわゆる脇付の語
◇ 熊倉博士の解説概略
この奥書(おくがき)は立花実山の発見した原『南方録』の奥書である。
このような奥書は典型的な聞書体秘伝書特有のもので、各人が自らはその秘伝を決して書き記さないのに、その周囲の弟子達が師の行動を見聞するままに書き記す。
こうしてできた聞書が師の考えと違わないことを証明してもらうために師の校閲を仰ぐわけである。
(中略) 利休は、南方宗啓がこのような聞書を作ったことに「後悔之事か」といささか迷惑顔である。
それはむろん、利休が聞書の作成を命じたわけではなく、”書き留める”という行為の不確かさを利休はよく知っていたからである。
だから襖やなにかの下張りにでも使い捨てることを勧めた。
これはこの種の秘伝書の常套句である。
《書き留めるという行為の不確かさを利休はよく知っていたとしても、この書き留めがなければ我々は、利休居士の茶の湯の考えを知ることはなかったわけで、この南方録は大変ありがたいものです。
しかし反面この書き留めでも、言葉では伝わらない居士の思いがあるのだろうと、思います。
昨今の茶道の様子を居士が見たらなんと言われるだろうか?
わしはそんな事は言わなかった!とおっしゃることもたくさんあるように思うのですが・・・》
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お茶が入りましたよ~