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<33> わび茶の心。


    紹鴎ワビ茶ノ湯ノ心ハ、新古今集ノ中、定家朝臣ノ歌ニ、
      『見ワタセハ花モ紅葉モナカリケリ浦ノトマヤノ秋の夕グレ』
    コノ歌の心ニテこそあれと被申(もうされ)しと也、花紅葉ハ、則(すなわち)書院台子の結構に
    たとへたり、其花もみぢをつくづくとながめ来りて見れば、無一物ノ境界浦のトマヤ也、花紅葉
    ヲシラヌ人ノ、初ヨリロマ屋ニハスマレヌゾ、ナガメナガメテコソ、トヤマノサヒスマシタル所ハ
    見立タレ、コレ茶ノ本心也トイハレシ也、又宗易、今一首見出シタリトテ、恒ニ二首ヲ書付、
    信ゼラレシ也、同集家隆ノ歌ニ、
      『花をのミ待らん人に山ざとの雪間の草の春を見せばや』
    これ又相加へて得心すべし、世上の人ゝゝそこの山・かしこの森の花が、いついつさくべきかと、
    あけ暮外にもとめて、かの花紅葉も我心にある事をしらず。只目に見ゆる色バかりを楽む也、
    山里ハ浦ノトマヤモ同前ノサビタ住居也、去年一トセノ花モ紅葉モ、コトゴトク雪ガ埋ミ尽シテ
    何モナキ山里ニ成テ、サビスマシタマデハ浦ノトマヤ同意也、サテ又カノ無一物ノ所ヨリ、ヲノヅ
    カラ感ヲモヨホスヤウナル所作ガ、天然トハヅレハヅレニアルハ、ウヅミ尽シタル雪ノ、春ニ成テ
    陽気ヲムカヘ、雪間ノトコロトコロニ、イカニモ青ヤカナル草ガ、ホツゝゝト二葉。三葉モヘ出タル
    ゴトク、力ヲ加ヘズニ真ナル所ノアル道理ニトラレシ也、歌道の心ハ子細もあるべけれども、この
    両首ハ紹鴎・利休茶の湯にとり用ひらるゝ心入(こころいれ)を聞覚(ききおぼえ)候てしるしをく
    事也、かやうに道に心ざしふかく、さまさまの上にて得道ありし事、愚僧等が及ぶべきにあらず、
    まことに尊ふべくありがたき道人、茶ノ道カトヲモヘバ則(すなわち)祖師仏ノ悟道(ごどう)也、
    殊勝殊勝殊勝、
    
       (ここには片仮名文と平仮名文がまじっていますが、これは原本がそうなっていたと
        記してあります)

    【熊倉博士の語訳】


    紹鴎は、わび茶の心は新古今集のなかの定家の歌、すなわち、
      見わたしてみると、花も紅葉もなにもない、ただ水辺の苫屋(とまや)だけがみえる秋の
      夕暮れである
    この歌の心のようにこそありたいものだ、といわれた。
      花、紅葉はすなわち書院台子の立派な姿にたとえたのである。その花や紅葉をつくづくと
    ながめ尽したところに無一物の境界、浦の苫屋の世界がひらかれてくる。花、紅葉の世界を
    知らない人にははじめから苫屋に住むことはできぬ。そうしたものを見尽してこそ苫屋の寂び
    きった境地を見出すことができる。これが茶の本当の心だといわれたものである。
    また宗易は今一首、わび茶の心を示す歌をみつけたといわれて、定家の歌とともに二首を書き
    茶の心として信奉されていた。同集の家隆の歌で、
      花をばかり待っている人に、山里の雪の間に芽を出した草の春をみせたいものだ
    これもまた定家の歌に加えて得心すべきである。世の中の人々はどこの山、かしこの森の桜が
    いつ咲くだろうかと、あけくれ外に探しもとめて、真の花、紅葉が自分の心のなかにあることを
    知らない。ただ目にみえる形ある世界ばかりを楽しんでいる。去年一年の花も紅葉もことごとく
    うずめつくして、何もない山里になって寂びきったところは浦の苫屋と同じである。しかしまた
    その無一物の世界のなかから、自然に感興をわきおこらせるような動きが、人工を加えるまでも
    なくあちこちに存在しているのは、ちょうど、うずめつくした雪が、春になって陽気を迎え、その
    とけはじめたところどころに、いかにも青々とした草の芽が、ほつほつとニ葉、三葉もえいでるの
    に似て、作為を加えないでこそ真実なものがあるという道理をあらわすものとして、この歌を
    うけとめられたのである。歌道の心としてはいろいろ細かいこともあるだろうけど、この二首は
    紹鴎、利休が茶の道に歌を取り入れられた、その心がまえを聞きおぼえていて記しておくので
    ある。このように道というものに心を深く持って、さまざまの場において悟りを得たことは、とても
    私などの及ぶところではない。まことに尊ぶべき、稀有の道人であり、その教えは茶の湯のこと
    かと思うと、まさしく釈迦、祖師の悟りそのものである。ありがたいことだ。


    【語釈】
    トマヤ 苫屋 : 茅などで編んだ粗末な小屋
    花紅葉  :  花は桜 春と秋のおもしろさをこの言葉で象徴した。


    【熊倉博士の解説】

    
    この一節は『南方録』のなかでももっとも有名なところである。よく日本の伝統的な美意識として
    ”幽玄”とか”わび””さび”という言葉をあげるが、他の言葉が文芸のなかから成立したのに対
    して”わび”だけは茶の湯のなかから生れた美意識であった。”わび”という美意識を真に展開
    した人物が武野紹鴎。だからわび茶という意識も紹鴎以来、はっきりした形をとってきたといえる。
    では紹鴎のわび茶とはどういう意識か。それを説明するのが定家の歌である。
    紹鴎のなかでは茶の湯は二重の構造として説明される。すなわち書院台子の茶とわび茶である。
    書院台子の茶は花紅葉にたとえられるように豪華で贅沢な茶である。それに対し、華やかなもの
    何一つない、無一物の茶がわび茶だ。しかし紹鴎が強調したのは、はじめから無一物の茶は
    できないのであって、豪華な書院台子の茶の”やつし”がわび茶であった。また言葉をかえて
    いえば、豪華と無一物は対立しつつ共存する世界が紹鴎の世界だったといえよう。
    利休はわび茶の思想としてはこれでは不十分だと考える。茶の二元的対立はやむを得ないと
    して、しかし、一方の書院台子の茶を具体的な唐物荘厳としてとらえずに、むしろ心の問題として
    とらえたところに決定的な違いがある。利休にいわせれば花紅葉は、それぞれの心にあるので、
    現実の名物道具の意ではない。具体的な書院台子の茶についてその体験は必要ない。
    そして無一物を超える世界を求めたのである。雪が一切の形あるものを埋めつくした状態は
    無一物の世界であり紹鴎のいう「浦ノトヤマ」である。紹鴎はこの否定の極致ともいうべき境地を
    わびとしたのだが、利休はその消極的な否定を積極的な肯定へと転じたのである。
    肯定とは無一物の境地から人為を超えた自然の力が生じてくることであり、雪間の草の姿に
    それを見ようとした。紹鴎のわびは利休において一段と深められたように思う。


   《いよいよ南方録のクライマックスです。
    利休のお茶に対するこれがいわば思想的バックボーンだったことがわかります。
    そして著者の南坊宗啓が、利休のこの思想まで吸収して尊敬していたことが、この書付でよくわかりました。
    あの当時の世界観のなかでこれだけの思想を形にした利休さんはやはり巨人といわざるを得ません。》



    


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