お茶が入りましたよ:トップ>茶道を愉しむ>『南方録』を読む>23 小嶋屋道察の捨壺という趣向

<23> 小嶋屋道察の捨壺という趣向。


    捨壺といふ事あり、小嶋屋道察(こじまやどうさつ)に真壺を求められしに、其比(そのころ)、沙汰
    あるほどの見事のつぼにて、人ゝゝ見物の所望ありしに、名もなきつぼかざる事いかゞとて卑下
    して出されず、  <以下略>


    【熊倉博士の語訳】


    捨壺ということがある。小嶋屋道察が真壺を会求めたときに、当時その壺は人々がいろいろ
    噂するほどの見事な壺であったから、人々は拝見させてほしいと望んだ。しかし道察は
    まだ銘も付いていない壺を飾るのはいかがなものかと謙遜して茶会にださなかった。
    あるときのことだ。客達はふだんの茶会の約束で集まったのだけれど、腰掛から使いを亭主
    の道察にやって、今日我々が参ったのは第一に壺を拝見する大望あってのことです。
    だから壺を飾って下さらないなら我々は茶室にはいりません、といってやった。
    道察やむを得ず、にじりの脇の畳の上に口覆いだけして壺をころがしておいて迎えに出た。
    客がにじり口の戸をあけてみると脇に壺がころがしてある。驚いて、どうぞ床の間に飾って
    くださいと頼むと、道察が出てきて、たびたびの御所望ですので出しておきましたが床の間に
    飾るような壺ではありません。せめてお通りがけにみていただけたらと思い、捨ておきました。
    どうぞそのまま御覧ください。という挨拶である。しかし何度も理由を述べて。とうとう拝見の
    あとで床に飾ったということだ。この壺がすなわち、小嶋屋の時雨とのちに銘が付けられた
    壺である。
    この趣向を人々は感心して捨壺といってはやったことだ。宗易がいうには、まあときによっては
    そういう思いつきもあってよいことだけれど、ただ望まれて壺を拝見に出すことならば、はじめ
    から床に飾る方が率直な趣向であろう。捨壺というのはとてもむつかしいことだ。
    もちろんまたこれをまねなどするようなことは決して、してはいけないといった。


    【語釈】
    小嶋屋道察 : 利休時代の著名な茶人。堺の人で武野紹鴎の門下という。
    真壺 : 茶壷のなかでもっとも尊重される種類で、呂宋壺ともいわれるように呂宋(フィリピン)
    からもたらされたものである。
 
    

    


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