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<21> 飯台は禅林の作法。質素な精進がふさわしい

飯台ハツクヱノゴトクシテ、二人・三人・四人モ台一ツニテ食スル、コレ禅林日用ノ作法ナリ、   シカルヲ紹鴎・宗易、大徳寺・南宗寺ノ衆ヲ茶ノ時、折々飯台ヲ出サレシナリ、一畳台目ナドハ、アマリニセバキユエヘ、出シ入レ成ガタシ、二畳・三畳・四畳、別而(べっして)四畳半ニヨシ、茶立口ノ外ニ、今一ツ口アル座席ナラデハ、茶立口ヨリハ出シ入レ不好(このまざる)コト也、   <以下略>



◇ 熊倉博士の語訳

飯台は机のようなもので二人、三人、四人も一つの台で食事をする。
これが禅宗における日常の作法である。
ところが紹鴎や宗易(利休)は大徳寺や南宗寺の僧を招いた茶会に、時々飯台をだした。


一畳台目などの茶会ではあまりにも狭いので台の出し入れがむずかしい。
二畳か三畳、四畳、ことに四畳半によい。
茶立口のほか、もう一の別の出入口のある茶室でないと使いにくく、茶立口からの出し入れは感心しないことだ。  


【語釈】     
飯台(はんだい) : 今日の座卓の原型。     
茶立口 : 茶室には客の出入りするにじり口や貴人口のほかに亭主が出入りする口があり、これを茶立口、茶道口、勝手口とかよぶ。
そして茶室によってはこのほかに給仕のために出入りしたりする口の付いたものがあり、その口を給仕口とか花頭口とかよぶ。

   

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