私のような飽きっぽい男が飽きもしないで続いているものが二つある。
一つは妻との結婚生活。これは今43年間続いている。
もう一つがタバコというわけで、こちらは毎日40本を45年だから
妻より長い付き合いをしているわけである。
食事でもおなじ物を三度三度食べていたら、ものの一週間で飽きてしまう。
なのにあんな煙を毎日飽きもせず、せっせせっせと吸ったものだと思う。
昭和の時代を振り返ってみると、タバコ吸いにとっても昭和はまさに天国だった。
男はタバコを吸ってあたり前、むしろ吸わない者が不思議がられた時代。
通勤通学の汽車(当時は蒸気機関車)でも車内は煙で充満していた。
それがあたり前の世界だからだれもその状態に異議、苦情を言わなかった。
授業ではさすがに吸えなかったが、それ以外の場所や時間はたいてい吸えた。
映画館もタバコ吸いながら観た。
私がなぜタバコを吸うようになったのかと、今思い出そうにもまったく思い出せないぐらい、いつの間にか吸っていた。そして気がついた時には40本吸っていた。
当時はタバコが有害だと言った意識が全くなくて、子供と一緒の時も、アパートで家族4人で暮らしている時も、部屋の中でプカプカやってました。
タバコが体によくないなどと言う話は全く出ません。タバコ天国の良き時代が昭和でした。
ところが社会は一変しました。
タバコが吸える場所がなくなりました。
会議では常識だった灰皿も置かなくなった。
電車もバスも公共施設や会社でも数少ない限られた場所でしか吸えなくなりました。
飛行機で吸えなくなったのはいつからでしたか、それからの海外旅行は辛いものでした。
私が黙々モクモクとタバコを吸っている間に、ヘビースモーカーの多くは私を裏切り、タバコを止めていました。
気が付いたら仲間がいなくなっていました。
今まで私もご多分に漏れず何度か禁煙に挑戦してきました。
小さな『禁煙の決心』まで入れると何十回か数え切れません。
禁煙を決めて2時間後にはタバコを買っていたことの繰り返しでした。
でも1回はそれこそ死ぬほどの格闘をして10ヶ月ほど止めていました。
それがほんのちょっとした対外的なストレスからまた40本生活に戻っていました。
それ以降というもの私は『煙をたべて生きている』と思うほど、目が覚めている時間のほとんどすべてでタバコと密着し、タバコに依存して暮らしていました。
目覚めの一服は、暑くて喉がカラカラの時くいーっとビールを飲み干して、五臓六腑に
沁みわたる・・・あの感覚です。まさに至福・至福。
タバコさえあれば食事など別にしなくてもよい・・などと思っていました。
ただ咳きとタンが毎日激しいのが困りものでしたが、それだから止めようとも思っていませんでした。
そして逆に開き直って、肺がんで死んでもしょうがない。
その時はその時だ。
今の暮しの中ではタバコを吸うことの辛さと不便さを感じるケースが多くなりました。
吸える場所がない!
私は図書館をよく利用しますが、タバコを吸うために一々遠くまで歩いて外に出て灰皿まで辿り着きます。
それを20分置きに繰り返すと、一体図書館に何をしに来ているのか?
このときにはタバコを止めたいと痛切に感じていました。
でも決心までにはいたりませんでした。
このたび急に妻とオーストラリアに旅行することになりました。
懇意にしているご夫妻からの誘いで3月の中旬に行って来ました。
数年前からタバコが吸えないから飛行機は乗らないことに決めていました。
3時間4時間の禁煙ですら辛いのにオーストラリアだと9時間。
なんだかんだで結局1日吸えないなんて、今の自分には出来ないと思いました。
ならば、これは禁煙をやるしかない!
娘に相談しましたら「お父さんは自分一人の力で止めようと思っても失敗は目に見えている。
病院で相談しながら禁煙してみたら・・」と言ってくれました。
それで初めて禁煙外来なる制度があり、禁煙補助剤にも健康保険が適用になることを知りました。
受診の時、まず問診表を渡されます。
ニコチン依存症をしらべるスクリーニングテスト(TDS:10項目の質問)でニコチン依存症と診断された人
ブリンクマン指数(=1日の喫煙本数×喫煙年数)が200以上あること
ただちに禁煙することを希望している人
そして問診表
6点でヘビースモーカーということらしいけど私は満点の11点。
そして受診で一酸化炭素の量を検査。
パイプ状のものを口にくわえて息を吹き込みます。
パソコン画面でグラフが現れます。
私は34と出ました。
この量が多いのかどうかは私にはわかりません。
医師が言います。『ではいつから禁煙されますか?』
私は今日から禁煙と勢い込んでいたのですが、行った日が2月27日。
どうせならキリのいい3月1日からにしようと決めました。
そして禁煙パッチを2週間分もらって帰りました。
病院に行った時は、どうせまた失敗するのだろうけどとりあえず旅行の時は苦しまなくてもすむ。
そんな感じでした。 禁煙外来とは?
3月1日??・・・うっかりその日からと決めましたが、3月1日は妻の誕生日でした。
内心これはまずいことになったと思いましたが仕方ありません。
禁煙を妻の誕生日のプレゼントにしました。
妻はありがとうと言いました。
こうなったら失敗はできません。
誕生日プレゼントを返してくれなんて言えないですから。
2月28日の午後9時30分。
最後の1本を吸ってタバコもなくなりました。
そして腕に最初の禁煙パッチを貼って、朝起きてもすぐに欲しくならないようにしました。
初日。
タバコ、タバコと何をしてもタバコが頭から離れません。
禁煙グッズ(禁煙補助薬)の一つであるニコチンパッチは、体内にニコチンを吸収させます。
禁煙中の吸いたい気持ちを抑え、禁断症状を緩和してくれますが、やっぱり煙でニコチンを取りたいと言う欲求はとても強い。
時折グググーッと津波が押し寄せるような誘惑がやって来る。
私は必死で岩にしがみつく。
するとしばらくは平穏な気持ちが続きます。
ニコチンパッチを使用すれば「タバコをやめることができる!」という訳ではなく、禁煙方法の一つの手段だということを認識しなければなりません。
どうもパッチだけでは危ないと思い、薬局で禁煙ガムを買って口に入れました。
とにかく自力では誘惑に負けると分かっているのでなんとか他のものに頼って、まさにおぼれる者ワラをもつかむ状態です。
いや溺れそうになっているのではなくて、溺れたがっている。
タバコの煙の海にどっぷり浸かりたいと思っています。
細い橋を喫煙の岸から禁煙の岸に渡ろうとしています。細い橋です。
しっかり見ていないと足を踏み外しそうです。
いや踏み外して落ちたがっているもう一人の自分と戦っています。
2日目。
パッチを張り替えるのをやめて、今貼っているのを残して反対の腕にもう1枚貼る。
これでいくらか禁断症状が薄くなったように思います。
でも欲しい気持ちは変わりません。
45年間ずっと私の側に常にあったものがないのです。日常生活のあらゆる場面にタバコが登場します。
いつも入れてあるポケットに手が行きます。あー止めたんだ・・・その繰り返しです。
タバコちゃんと別れた寂しさが襲ってきました。
もう2度と手に持てないんだというのが現実としてぴんと来ないとでも言いますか別れたい!でも別れたくない!そんな寂しさをひしひしと感じました。
朝 目が覚めると「今日も辛い一日が始まるのか~」とフトンの中で思います。
こうした格闘をしているうちに今度は唇や舌を噛みだしました。
これが禁煙のストレスです。
前にお話しました10ヶ月の禁煙のときも唇や舌をよく噛みました。
それから口内炎で舌に白い米粒大の斑点が出来始めます。
これもストレス。
お茶を飲んでも沁みて痛い。
これも辛いことでした。
もうこの時点でいつもの私ならギブアップしていたと思います。
オーストラリア旅行も観光しながらタバコが頭から消えません。
どこどこ行ったのかなあ・・・?
禁煙外来 2回目受診
2週間して禁煙外来に受診に行きます。
一酸化炭素の濃度検査。
前回34だったものが、たったの4に下がっていました。
相変わらず両腕にパッチを貼って、禁煙ガムを噛んで誘惑と格闘。
口内炎も治まったかと思うとまた別の所にできるといった繰り返しです。
1ヶ月目の3診、2ヶ月目の4診と同じような状態ながら頑張りました。
なにしろ妻への誕生日プレゼントですから。これは効きました。
ふっと気が付いたことがあります。
毎朝「今日も辛い1日が始まる・・」といった朝一番の思いがいつの間にかなくなっていました。
やっぱりそれだけタバコからの誘惑が少なくなってきたのでしょう。
「ついに 卒煙」
禁煙外来5回目(12週間)で卒煙。
担当の医師から卒煙証書をいただきました。
もうこれで禁煙外来へ来る事はないと思うとちょっとさみしい。
禁煙したくても出来なかったときの自分
(ひょっとしたら貴方??)
とにかくタバコが吸いたくて吸いたくてタバコなしでは生きていけない状態。
◎ 体によくないよ。・・・・・ああ分かってますよ。
◎ 肺がん、高血圧、・・・病気になりやすいよ。・・・・ああ分かってますよ。
◎ 吸わない人より毎月1万円も余分に税金払ってますよ。・・・・ああ分かってますよ。
◎ 周りの家族は副流煙吸わされて迷惑してますよ。・・・・ああ分かってますよ。
◎ 吸わない人が貴方のとなりで息の臭いのを我慢してますよ。・・・ああ分かってますよ。
◎ 歩きタバコで、ここにはどこも灰皿はないよ。・・・ああ分かってますよ。ポイッ
◎ 長生きしませんよ。・・・ああ分かってますよ。 ゴホンゴホン。
こんな開き直り状態でした。
とは言うものの内心は、『何にもしなくて苦労なくやめられるものなら今からでもやめたいよ』とか 『何べんも失敗しているし、タバコについては意志が弱いからな~』
『やめられた連中はすごいなあ~』とつぶやくもう一人の自分がいます。
そして自己嫌悪。
きっと貴方ももう一人の貴方がいるはずです。
やめるときには、そのもう一人の自分とよく相談をすることです。
もう一人の自分もやめようとなったら実行しても成功の確率は高いでしょう。
でももう一人の自分の協力が得られないなら、得られるまでチャレンジを待った方が落ち込まなくていいでしょうね。
◎ 痰や咳きが出なくなった。・・・・これが一番ラクになったこと。
ラーメン食べる時最初に吸い込むとき必ずコホッツと言ってたのがなくなった。
◎ 図書館で落ち着いて本が読める。
◎ どこへいっても灰皿を探さなくてよくなった
◎ 飛行機に乗れるようになったこと。
◎ 税金を余分に払わなくても良くなったこと。
◎ 料理の味付けが薄味になった。 ◎ ゴルフウエアーで胸ポケットつきを買わなくてよくなった。 最近胸ポケットなしが多くて・・・
◎ 持ち歩く荷物が減った。
◎ タバコを切らして販売機も見つからない時の不安と苛立ちがなくなった。(あたり前)
タバコをやめてタバコの束縛から自由になれたこと。
禁煙と言う一大事業をやった・・・と言う自信
これが私の中では大きい!
◎ 咳きや痰を出せなくなった。
◎ 図書館で20分おきに玄関脇の灰皿まで行けなくなった。
◎ どこへ行っても灰皿を探せなくなった。
◎ 税金を余分に払えなくなった。 ◎ 口が寂しいのでキシリトールガムが離せなくなった。目下ガム中毒。
ニコチンの離脱症状は、身体的依存と、喫煙習慣による心理的な依存に分けられます。
このうち身体的依存は、禁煙パッチや禁煙ガムを使うことによって、徐々に中毒症状を軽減してゆくことが 可能ですが、生活習慣を変えるための禁煙グッズは、効果的なものがありません。
ニコチンの禁断症状はなくなったはずの2週間目以降でも、煙草を吸いたくてたまりません。
では、このときたばこを吸わなかったのは、どうしてだったのでしょうか?
それは吸わない苦しさより吸った後の恐さが常に頭を支配していたからです。
かっこよく言えば、自分を見失しなわなかった・・・ということです。
妻がどんな態度になるか、考えただけでも・・・。
なにしろ禁煙を誕生日のプレゼントにしたんですから。
こんなことを聞きました。
禁煙失敗と禁煙継続の岐路に立たされたとき成功する人は、たばこを吸ってしまおうか我慢しようかと考えるよりも、吸わずに済む方法だけを考えます。
吸おうか吸うまいかと考えた時点で、禁煙失敗の確率は50%になってしまうからです。
さらに次に迷ったらさらに確率は下がります。
離脱症状に悩まされている間、ずっと付きまとい、何度も選択を迫ります。
こうなると負けは目に見えています。
迷うということは、吸うためのの理由を探しているのです。
理由などいくらでも落ちてます。
今まで頑張ったんだから1本ぐらい・・・。
こんなに苦しいと落ち着いて考えられない、仕事に差し障る、1本吸ってから・・・。。
選択を迫られたとき、自分をうまくコントロールできるかどうかなのです。
これは意志の問題なのでしょうか?
禁煙が出来たという人は、 『かつての親友が誘惑に来た時に、親友と仲直りしようかという選択肢を持っていない』のです。
そういう人が成功するのです。
意志の力というより気持ちの持ち方、考え方。
これが私の実感。極意です。
『タバコを吸おうかなと言う選択肢を持って、なお且つやめられた人は絶対意志も強い人です』
意志の弱い人は『悪魔の囁きのとき、吸おうかなという選択肢持ってはいけません』
かつてのタバコという親友は実はとんでもない悪友なのですから。
逆にたばこを吸ってしまった人は、たばこを吸おうか吸うまいか悩んでいる間も、心の奥では「たばこを吸うための理由」を探しています。
悩むということは吸うための理由を探して悩んでいるのです。
悩んだらこれは自分で吸うための理由を探しているんだな、と自覚して眼を覚ますんです。
過去に何度も失敗した私が、それを証明しています。
今や禁煙は世界的流れです。
喫煙者は社会からつま弾きされつつあります。
喫煙率の低さがその国の文化や生活水準の高さとなりつつあります。
昭和30年代とは別の社会になりました。
喫煙者の住みにくい時代。
私は喫煙者蔑視の時代に、社会に逆らってまでタバコを吸うことが出来なくなっていました。
それは私のプライドなのかもわかりません。
喫煙者は金銭的にも、身体的にも大きな犠牲を払いながら、それを覚悟で吸っています。
しかしそんなハンディを背負っているのになお且つ、喫煙者の人格、人間性を問われる時代にはいりました。
我が人格を踏みにじられてまで吸う必要はありません。
要は「吸っている姿がかっこ悪い」と見られるようになったのです。
本当はこれが私が禁煙しようと思った一番のきっかけです。
時代はすっかり変わりました。(しみじみ)
とは言うものの長年生活の一部になっている物を断ち切るには、覚悟のほかに周りの応援が必要です。
自分は苦しいのを我慢しながら人生の一大事業をやっていると思っていますから、
それを周りが無関心だと拍子抜け。
自分の為に禁煙するのに、「ああ、僕の禁煙なんてどうでもいいんだ、だったらこんなに苦しむのはやめよう」となるのです。
これも吸うための理由捜し。
家族の応援。禁煙外来のスタッフの協力や応援。
これだけ周りが見てたら挫折するわけに行かない。
周りのご家族の方は、禁煙にチャレンジする家族を応援してください。
本人は苦しんで頑張っているのです。
それを理解して禁煙してる人に関心を持ってください。
無関心だと気持ちが萎えます。
お茶が入りましたよ~