西洋アンティークの話

私がアンティークのカップに魅せられたのは昭和50年代の末頃でした。
とあるデパートに入ったら、アンティーク物の展示会をやっていました。
特別あてもなく何気なく入ったら、ガラスケースの中にアンティークのティカップとアンティークのソーサーが20数種類陳列されていました。
それまで骨董といえば、茶道具しか興味がなかったのですが、その中のアンティークのデミタスカップがすばらしく、このまま、この場所から立ち去りがたく思えました。
そしてこのアンティークのカップで紅茶やコーヒーを飲んでみたい!と思いました。 (今から思えば魔がさした?)
西洋の陶磁器の知識がまったくなくて、アンティークカップの裏のマークを見ても、どこの国の何という釜なのかもわからないまま、とにかくその陳列の中からアンティークのデミタスカップを3点、夢中で購入を決めました。

<ロイヤルウースター>
西洋磁器の写真集を眺めて自分のカップと確認をする作業もうれしいものでした。
デミタスカップに描かれた繊細な婦人画や風景画はいつ見ても飽きない。
薄くてタマゴの殻を扱うような薄手のつくりがかわいいい。
カップの中の金彩が剥がれるような気がして、金彩のカップは眺めるだけ。
それからは、美しいカップがあるとついつい棚に飾りたくなって、独断で買って帰っては妻に叱られたものですが、今はその妻も、一緒にお茶を飲みながら眺めて愉しんでくれています。

<ロイヤルウースター> <コールポート>
私にはこれらのカップ、ソーサーが、ロマノフ王朝の「インペリアル イースター エッグ」みたいな存在です。
100年以上もの間に何代かの、また何人かの人に愛された物は、現在手にとって見ても心を魅了するものがあります。
これを使った人は私と同じように愉しんでいたのだろうか? などと考えたりします。
アンティークというものは、蒐集し始めると止まらないクセをもっているようです。
凝りだすと一種類を深く集めたり、広く集めたり、熱病に犯されるようなものです。
キリがないことを忘れてしまいます。
ポリシーと品を持ちたいものです。(ここは、自分に言い聞かせてるみたい。)
1点豪華主義ではなくても、数点のいいもの、気に入った物を手にして、じっくり味わい、愉しむ・・・。
そのほうが心豊かに過ごせるように思います。
さりげなく、そっと、品良く。
今は熱病が治まり、そういう気持ちになりました。
ボーンチャイナとは・・
磁器の原料に牛骨灰を混ぜて作ります。
18世紀末、イギリスで開発されました。
イギリスではファインボーンチャイナとは骨灰を
35パーセント以上含むもののことです
陶器と磁器の違いは?
原料や焼く温度がまず違います。
陶器は粘土を原料にして、900度~1200度で焼き上げるのに対して、磁器は主に陶石と呼ばれる石を粉にしたものを使い、 1300度~1400度で焼き上げます。
陶器は素朴な温かみがあり、磁器は洗練された美しさがあります。
(ドイツ)

マイセン釜を証明するお皿やカップの裏についているマーク。
マークは年代と種類によって違いますが、現在のマークは1934年以来使われています。
1600年代のヨーロッパでは白磁、青磁などの硬質磁器がどうしてもできませんでした。
当時のヨーロッパには中国の磁器が輸入され、王侯貴族はその美しさに魅了され、各国の王達は、自国でこの美しい磁器を作れないものかを研究させていましたが、なかなか成功しませんでした。
マイセンの国王は錬金術師として仕えてていた男に、金を作る代わりに白磁を作ることを命じ、苦労の末1709年ついに白磁の製造に成功しました。
ところが当時のマイセン国王アウグスト2世王は白磁製造工場を城の中に作り、製造の秘密が漏れないように、この錬金術師を軟禁しました。
こうして生みの親の錬金術師は37歳で失意のうちに死去しましたが、マイセン釜はその後人材を得て発展していきました。
マイセン釜の作品はヨーロッパ中を席巻し、マイセンの工房はドイツ統一の現在も、名称は「国立マイセン磁器製作所」といいます。
一方このアウグスト王の下から逃れた職人達が各国に散らばり、各地の王の下で釜を立ち上げ、ヨーロッパに磁器の製造が拡散していきました。
ヨーロッパの磁器はマイセンが原点といっても過言ではありません。
そして現在も絵付け(ペイント)は手作業で行っています。
ブルーオニオン マイセンの代表的作品。
美しい白磁にコバルト色で描かれた青いタマネギ模様は1739年に、中国の染付技法を採りいれて完成しました
口縁が金彩になっている。19世紀
(ドイツ)

SPドレスデンの特徴は鮮やかな金彩です。
マイセン王が磁器の製作を完成させたのに刺激されて、ドレスデンも磁器製作の機運が高まってきました。
チューリンゲンの森で採れた「磁土」で焼いたものでチューリンゲンの磁器と呼ばれました。
当時100ヶ所以上の釜があったのが、淘汰されて生き残った釜が、SPドレスデンです。
デザインから絵付けなどを手作業中心でおこない、こまかく丁寧な仕事は女性に人気が高い。
(ドイツ)

創立は1760年代と古く、優れたドイツの統治者フリードリッヒ2世が情熱を傾け、職人達を特別待遇で優遇して、気品のあるロココの作品を作り出しました。
すべての作品が手描き、手作りのまさに作品です。
(フランス)
作品の裏には製造に関する情報がマークで記されています。 隅にはペースト(陶土)の種類、成型の年と職人のサイン、 金の記号の下に記されたマークは焼成された年代を示しています。
中央のマーク印に製品が完成した年が記されています。
国立セーブル製陶所はフランス独自のデザインを確立して完成度の高い作品を世に出しつづけてきました。
そのブルーは深い気品のある藍色と、そのブルーに独特の金の模様をつけたものが王者の青です。
そして、華麗な金彩紋様は格調が高く、西洋磁器の一つにどうしても加えたいものです。
セーブル釜の生産は、ロクロを回して作るため、年間生産量は少なく、一般に出回る量も限られるため、より希少価値も上がります。
セーブルの特徴の金彩紋様は伝統があり、製品の裏側のマークに、金彩師のサインが入っているところからも、技術に対する誇りがうかがえます。


(イタリア)
リチャードジノリはイタリアの高級陶磁器メーカーです。
1735年カルロ・ジノリ侯爵がフィレンチェの近くに釜を作りました。
1760年頃作られたイタリアンフルーツのシリーズは 「トスカーナの白い肌」といわれる白磁に描かれ今も人気があります。
現在は有名なデザイナー、ジオ・ポンティと職人達の作品が人気を呼び、第5期の黄金時代を迎えています。
(イギリス)
ウェッジウッドのシンボル「ポーランドの壺」の絵とロゴが入っています。
イギリスの陶工の父と呼ばれる、ジョサイア・ウェッジウッドが1759年に釜を作りました。 ジャスパーウェアー(碧玉)と言われる、磁器に近いウェアーを下地に顔料を混ぜることによって、色々な優美な色を表現しました。
さらに2世がボーンチャイナを改良して、やわらかな白と割れにくい強さで人気を不動にしました。 作品群としては「コロンビア」「フロレンティーン・ターコイズ」「ワイルドストロベリー」などがあります。

ポーランドの壺 ジャスパーウェアー(碧玉)は収縮率の違う素地を均一に焼くもので、 永年の研究と試行錯誤から生れました。 青い地にカメオのような飾りを張る技術は、ウェッジウッドの独壇場です。


(イギリス)ロイヤルドルトンの創業は1815年。
しばらくは土管などの排水設備用品が主流だったが、ドルトン・レッドといわれる中国の赤を再現して、1901年王室御用達釜の栄誉を得ました。
同社はその後、「ミントン」「ロイヤルクラウンダービー」「ロイヤルアルバート」などの有名、名門釜を吸収して、「ロイヤルドルトングループ」として、世界最大級の陶磁器メーカーに発展しました。


(イギリス)
ロイヤルクラウンダービーは初期にはマイセンの影響を強くうけていましたが、1775年伊万里の金襴手を模写したオールド・イマリが人気を集めて同釜のメイン商品になっています。
(イギリス)
ミントンを有名にしたのは3代目のコリンがフランスから招いたデザイナー、ルイ・ソロンが発明した「パテ・シュール・パテ技法」(粘土の重ね塗り)。
そして「レイズド・ペイスト・ゴールド技法」(金を盛り付ける技法)で、これらの技法を使った作品は当時のビクトリア女王から「世界でもっとも美しいボーンチャイナ」と絶賛されました。

マラカイトブルーの帯に描いた金の模様が華やかです。

ミントンのベストセラーシリーズ
(イギリス)1789年ジョージ3世から王室御用達釜の栄誉が与えられたイギリス最古の釜です。
ウースター釜の代表作はなんといっても「ペインテッド・フルーツ」。
私が大好きなカップです。
選ばれた熟練工だけで描きあげる濃密な絵付け。 器の内面を豪華に彩る金彩。完成までに6回もの焼成を繰り返します。


お茶が入りましたよ~